Kaiserreich の変更点


[[MOD紹介]]
[[DH用MOD]]

//改行コード追加
//レイアウト全面改定
#ref(Kaiserreich.png)
#contents

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*Kaiserreichとは? [#tc8ee261]
-Hoi2用の巨大統合MODです
-第一次世界大戦でドイツが勝ったという想定の下、大規模に改変された1936年からのゲームを楽しめます
-DDA版とDH版があります。
''AoDには非対応''(公式AOD版は開発キャンセル)。
-DH版は、海外ユーザーの間で仮想系MODの中では一番人気。
-関連リンク
--[[HOI2DDA版&DH版開発フォーラム>http://cs.servegame.com/kaiserreich/index.php]] AoD版は無し。
--[[Kaiserpedia>http://editthis.info/kaiserreich/Main_Page]]
--[[HOI2DDA版パラドフォーラムスレッド>https://forum.paradoxplaza.com/forum/index.php?threads/the-beta-is-ready-download-here.515303/]]
--[[DH版パラドフォーラムスレッド>https://forum.paradoxplaza.com/forum/index.php?threads/kaiserreich.529944/]]

//-------------------------------------------------------------------------

*ダウンロード [#ub8f6112]
&color(red){''もし鯖がgamefrontの場合、米国の串を刺さないとDLできないので注意して下さい。&br;落とせないと文句言う前に串を刺しましょう。やり方はググって下さい。''};

**DH用 [#e7e3b312]
重要:バージョンアップの場合、''必ず新規フォルダにインストールする''。(従来バージョンと互換なしのため、旧バージョンのKaiserreichに上書きするとバグる)
重要:1.7 Hotfix 1は1.7に上書きして使う。Hotfix単体では使えません。
//DH Fullベースのため、Full嫌いの人は注意。
-[[Kaiserreich for DH 1.8>https://forum.paradoxplaza.com/forum/index.php?threads/kaiserreich.529944/]] (2016/12/22) DH1.04Final用
-[[Kaiserreich for DH 1.7>http://cs.servegame.com/kaiserreich/thread-1933.html]] (2015/09/10) DH1.04RC1用
--[[Kaiserreich for DH 1.7 Hotfix 1>http://www.mediafire.com/download/xrb34kw47r6xjrh/Kaiserreich+for+DH+1.7.+-+Hotfix+1.rar]] DH1.04Final用
//-[[Kaiserreich for DH 1.6>http://cs.servegame.com/kaiserreich/thread-1787.html]] (2015/02/28) DH1.04RC1用
//--[[Hotfix for KR 1.6>http://www.mediafire.com/download/8pa5upm4n3qzacu/Hotfix+for+KR+1.6.rar]] (2015/03/04)
-[[Kaiserreich for DH 1.5>http://cs.servegame.com/kaiserreich/thread-1681.html]] (2014/01/04) DH1.03RC3用
//-[[Kaiserreich for DH 1.4 Beta 3>http://cs.servegame.com/kaiserreich/thread-1656.html]] (2013/11/17) DH1.03RC3用 (和訳対応なし)
//-[[Kaiserreich for DH 1.4 Beta 2>http://cs.servegame.com/kaiserreich/thread-1538.html]] (2013/06/24) DH1.03RC3用
//-[[Kaiserreich for DH 1.4 Beta 1>http://cs.servegame.com/kaiserreich/thread-1348.html]](2012/11/16) DH1.03RC2用
-[[Kaiserreich for DH 1.3>https://forum.paradoxplaza.com/forum/index.php?threads/kaiserreich.529944/]] (2012/06/25) DH1.02用


**DDA用 [#r5b7067f]
開発終了。
AoDには非対応。バグるのでAoDには入れないで下さい。
-[[Kaiserreich 1.4 Beta2>http://cs.servegame.com/kaiserreich/thread-904.html]]  (2012/02/06) DDA1.3β2用
DLは#1がリンク切れのため、#18のリンクを使う。和訳ファイルは無い。

//-%%[[Kaiserreich 1.3 Beta1>https://forum.paradoxplaza.com/forum/index.php?threads/the-beta-is-ready-download-here.515303/]] (2011/01/11) DDA1.3β2用%%
//現在、Megauploadが閉鎖されたので、ダウンロードできない。
//-%%[[Kaiserreich 1.2>https://forum.paradoxplaza.com/forum/index.php?threads/kaiserreich-legacy-of-the-weltkrieg-global-alternate-history-mod-for-hoi2.223176/]] (2010/07/24) DDA1.3β2用%%
//現在、Megauploadが閉鎖されたのに加え、他もリンク切れのためダウンロードできない。
-[[Kaiserreich 1.2>http://www.mediafire.com/download/qud2qmks53iw1pu/Kaiserreich_v1.2.rar]] (2010/07/24) DDA1.3β2用
&br;
//----

//**AoD用非公式版 [#m55e0b79]
//-%%[[Kaiserreich Compatibility Patch for AoD>https://forum.paradoxplaza.com/forum/index.php?threads/kaiserreich-compatibility-patch-for-aod.466438/]]%% 事実上開発中止。
//過去に有志が作った非公式版ですが、完成度が低く導入非推奨。
//2012年4月現在、リンク切れにつきDL不可。

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*インストール方法 [#k2403800]
**DH用 [#ede884cb]
DHではランチャー起動前提のため、導入時のゲームフォルダの全コピー不要。
+\Darkest Hour\ModsフォルダにKaiserreich for DH 1.7.rarを解凍して出てきたKaiserreich for DH 1.7フォルダをインストールする。
+\Darkest Hour\Mods\Kaiserreich for DH 1.7フォルダにKaiserreich for DH 1.7. - Hotfix 1.rarを解凍して出てきたHotfix 1フォルダの中身をインストールする。
Musicファイル集、グラフィックファイル集、オプションファイル集はお好みで。
フォルダの階層構造はこんな感じになります。
 Darkest Hour
 |+Mods
 ||+Darkest Hour Full
 ||+Darkest Hour Light
 ||+Kaiserreich for DH 1.7
 |||+ai
 |||+config
 |||+db
 |||+gfx
+DH付属ランチャーからKaiserreich for DH 1.7を選択して起動する。

重要:''Kaiserreichは\Modsフォルダに新規フォルダを作ってインストールする''。(従来バージョンと互換なしのため、旧バージョンのKaiserreichに上書きするとバグる)
旧バージョンを残したい場合のフォルダ階層例
 Darkest Hour
 |+Mods
 ||+Darkest Hour Full
 ||+Darkest Hour Light
 ||+Kaiserreich for DH 1.6
 ||+Kaiserreich for DH 1.7
DH付属ランチャーから遊びたいバージョンのKaiserreichを選択して起動する
共存させる場合はDH本体のバージョンに注意、''KR1.7Hotfix1/1.8はDH1.04Final用、KR1.6/1.7はDH1.04RC1用、KR1.4/1.5はDH1.03用、KR1.3はDH1.02用''です。バージョン違いは誤動作の元です。

**DDA用 [#l56f9746]
''重要:英語版DDA1.3β2用、日本語版DDAへインストールする場合は&color(red){自己責任};でお願いします。''
英語版HOI2DDA1.3β2本体を別フォルダに全コピーする。以下の導入説明は全てコピーしたDDAフォルダに対する操作である。
+\db\leadersフォルダの中身を削除する
+\scenariosフォルダの中身を削除する
注意:savegameとdataフォルダは削除しない(間違って削除するとバグる)
+2.まで済ませたHOI2DDAフォルダに
ダウンロードしたKaiserreich本体
%%→Musicファイル集(入れなくても可)→グラフィックファイル集%%(開発終了につき有効リンク無し)
をインストールする。
+KaiserreichをインストールしたHOI2DDAフォルダのDDAを起動する。

使い方がわかれば[[MODランチャーJSGME>導入のススメ]]を使ってもよい。

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*和訳ファイル [#f7478d4c]
Kaiserreichは、DDA版とDH版は別物で互換性は皆無。絶対にDH版和訳をDDAに入れないこと!
//-オリジナルからの改変
//--オリジナルからLatin1文字を取り除き文字化けを解消
//--オリジナルは多国語対応して、ファイルが膨らんでいるが日本語のみにした



**DH用 [#f93a9396]
''対応バージョンに注意。''
-[[Kaiserreich for DH 1.8用翻訳ファイル暫定版>http://starlit.daynight.jp/upload/paradox/upload.php?id=002829]] (2017/09/20) 
-[[Kaiserreich for DH 1.8用翻訳ファイル暫定版>http://starlit.daynight.jp/upload/paradox/upload.php?id=002847]] (2017/10/09) 
-[[Kaiserreich for DH 1.7 Hotfix 1用翻訳ファイル暫定版>http://starlit.daynight.jp/upload/paradox/upload.php?id=002468]] (2016/10/08) DH1.04Final用
//-[[Kaiserreich for DH 1.7用翻訳ファイル暫定版>http://starlit.daynight.jp/upload/paradox/upload.php?id=001891]] (2015/09/17) DH1.04RC1用
//-[[Kaiserreich for DH 1.6用翻訳ファイル暫定版>http://starlit.daynight.jp/upload/paradox/upload.php?id=001870]] (2015/08/25) DH1.04RC1用
-[[Kaiserreich for DH 1.5用翻訳ファイル ver 1.00α>http://starlit.daynight.jp/upload/paradox/upload.php?id=001354]] (2014/02/25) DH1.03RC3用
--[[Kaiserreich for DH 1.5用追加和訳・バグ修正>http://starlit.daynight.jp/upload/paradox/upload.php?id=001708]] (2015/02/08)
--[[Kaiserreich for DH 1.5用追加和訳ファイルver1.01 >http://starlit.daynight.jp/upload/paradox/upload.php?id=001821]] (2015/05/30)
翻訳ファイル ver 1.00α→追加和訳・バグ修正→追加和訳ファイルver1.01の順に導入してください
//-[[Kaiserreich for DH 1.4beta2用翻訳ファイル ver.β>http://hoi-mod.paradwiki.org/uploda2/src/mod2up494.zip]] (2013/11/08) DH1.03RC3用
-[[Kaiserreich for DH 1.3用翻訳ファイルβ4版>http://starlit.daynight.jp/upload/paradox/upload.php?id=00698]] (2012/07/09) DH1.02用
--[[翻訳ファイルβ4版用バグ修正ファイル>http://starlit.daynight.jp/upload/paradox/upload.php?id=000991]] (2013/01/22)

**DDA用 [#a45a9874]
''いずれも英語版DDA1.3β2用。日本語版DDAへインストールする場合は&color(red){自己責任};。&br;Kiserriech本体とver不一致の和訳を入れるとバグってゲームが不安定になる。&br;再インストールの手間が嫌な人は、挑戦すべきでない。''
-1.4β2用
なし(DDA用和訳は開発終了)

//#region(旧バージョン用)
//Kaiserreich ver.1.1より英語版DDA1.3β2がベースになります。
//CF日本語版DDA1.2については対応させるためのファイルを同梱していますので、それを使ってください。
//この場合、スパイ関係などの一部メッセージがおかしくなるなどの問題がありますが、実質的な問題は少ないでしょう(諜報関係を本格的に実装していたのなら別ですが)。
-[[Kaiserreich for DDA 1.3β1用翻訳ファイル2.3版>http://starlit.daynight.jp/upload/paradox/upload.php?id=00221]] (2011/03/12) DDA1.3β2用
-[[Kaiserreich for DDA 1.2用翻訳ファイル2.1版>http://starlit.daynight.jp/upload/paradox/img/up00094.zip]] (2010/11/13) DDA1.3β2用

CF日本語版DDA1.2で日付が「1936年年1月1日日」となる問題の修正方法は下記参照。
#region(修正方法)
コメント欄から抜粋
-↓セーブデータはともかく日付の問題が解決しました。どうもありがとうございます。 -- 2011-10-02 (日) 15:03:03
-\config\text.csvの2000〜2100行あたりにある日付を定義している「Y年 M月 D日」→「Y年 M月 D」にすればおk。2カ所あるはずだから両方とも直す。セーブデータのデフォ命名はシラン。 -- 2011-09-30 (金) 21:52:26
-CF日本語1.2ですが、ゲーム上の日付が「1936年年1月1日日」になりセーブファイルがデフォルトで「ドイツ_1936年11日」(ドイツ1936年1月1日の場合)となるんですが、どこをいじれば直るでしょうか? -- 2011-09-28 (水) 19:40:22
#endregion
//
//#endregion

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*効果 [#m39e8bd2]
-技術などはデフォルトのまま
-改変時にある程度バランスを取っているようで、たいていの国で楽しめそうです
--制作側のお勧め国は、ロシア、イギリス連合、メキシコ、オーストララシア、ブルガリア、ハンガリーなど
--プレイしてみた限りでは、イタリア連邦も楽しめます。死亡イヴェントが埋まってたり、フランス・コミューンが悪鬼の如くに暴れ回って詰みそうになったりしますが
---上記のお勧め国はKRmod初期に述べられたもので、イベントが大幅追加されている現在は必ずしも当てはまりません。もちろん上記の国々でも楽しめますが、他の国にもそれに勝るとも劣らないでしょう。
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*前史 [#mc71b323]
-以下は主にKaiserpediaの[[Weltkrieg>http://editthis.info/kaiserreich/Weltkrieg]]内の記事を元に、この世界における第一次世界大戦後半の概略を述べたもの。

1916年7月〜11月に行われたソンムの戦いで、攻勢を行った英仏軍はほとんど成果を挙げることなく、両軍合わせて100万を超える損害が生じた。ただし、防御側のドイツ軍の方がやや軽微だった。
1917年3月〜5月に行われたニヴェル攻勢で、攻勢を行った英仏軍はやはり戦果を挙げることなく、再び莫大な損害を出した。中でもフランス軍は、自軍だけで20万近い損害が出た。
これらの無理な攻勢のため、英仏軍は以降一年の間、攻勢を仕掛けることができなくなってしまった。

一方ではロシア革命が発生し、ツァーリはドイツ領ブレスラウのマルヒに逃亡。11月にボルシェヴィキ革命が起こるまでは臨時政府が統治していた。1918年1月にはブレスト=リトフスク条約が結ばれることになる。

ドイツでは無制限潜水艦戦を行うよう声が挙がるが、アメリカの参戦を防ぐために実施はせず。
11月にシェーア率いる大海艦隊は、ドイツ封鎖を解くべく、1916年のユトランド沖海戦に続いて再度ロイヤルネイビーに決戦を挑み、勝利した。このためにロイヤルネイビーはドイツ封鎖を行うことが出来なくなった。

1918年3月、東部戦線から移動してくるドイツ軍が本格的に態勢を整える前に痛撃を与える必要に迫られた協商軍は、先手を打って攻勢を開始した。
攻勢は限定的な成功を収め、ドイツ軍は戦線を後退させたが、協商軍は80万を越える損害を出した。
6月〜7月、独墺軍はギリシア戦線で攻勢をかける(ギリシア制圧は同年12月)。

1919年3月、ドイツ軍は満を持して攻勢をかけ、協商軍の戦線を突破、5月にパリを包囲する。
4月、オーストリア軍はイタリアに攻勢をかけ、4月にはイタリア軍はヴェネチアで捕捉され、全軍の6割が降伏する。
8月1日にローマ陥落、6日にイタリアは無条件降伏する。
ドイツ軍は9月までに南仏まで席巻し、10月にパリ陥落。フランスは降伏する。

海上では第二次ユトランド沖海戦でロイヤルネイビーの封鎖を解いた後、ドイツ巡戦部隊がUボートに協力して通商破壊を行っていた。

1919年末までに、中欧同盟側は圧倒的優勢を占めることになるが、イギリス本土に手をかける力はなく、また極東の日本にも手を出せないまま、1922年までにらみ合いが続くことになり、最終的には停戦に至る。

#region(前史追加分)

''本家[[The Kaiserreich timeline: our official canon>https://forum.paradoxplaza.com/forum/index.php?threads/the-kaiserreich-timeline-our-official-canon.504384/]]より翻訳''

§第一次世界大戦

-1914年
--6月28日、サラエヴォ訪問中のフランツ・フェルディナント大公がセルビア人民族主義者ガブリロ・プリンツィプによって暗殺される。これに対して、オーストリア=ハンガリー帝国はセルビアに最後通牒を発した。そこには、セルビアが到底受け入れられないような項目が故意に設けられていた。オーストリア=ハンガリー帝国は、ドイツの助力が得られることを確認するとすぐに、セルビアに対して宣戦布告した。次いでロシアはドイツとオーストリア=ハンガリーに宣戦布告し、その同盟国であり、アルザス=ロレーヌ奪還の機会をうかがっていたフランスも、同じく参戦した。
--ドイツがシュリーフェン計画実行のため中立国であるベルギーに侵攻すると、大英帝国はドイツに宣戦布告した。パリに向けたドイツ軍の進撃は、マルヌ会戦および「海へのレース」として知られる双方が互いの側面を狙った一連の作戦により頓挫した。
--ドイツ軍は、東部戦線においてはより大きな成功を収めることが出来た。東(オスト)プロイセンへ侵入してきたロシア軍を撃退し、マスリア地方の湖沼地帯および〔その近郊に位置する〕タンネンベルクにおいて撃破した。この勝利をもたらしたヒンデンブルク元帥とルーデンドルフ将軍は、ドイツの最終的な勝利において枢要な役割を果たすことになる。
--オスマン帝国は、イギリスがオスマン帝国のために建造した艦船の引き渡しを巡って生じた紛争の末に、同年終わりごろに中央同盟に参加した。
--ドイツ領東アフリカを除くドイツ植民地のほとんどすべては、この年の終わる前に占領された。東アフリカでは、フォン・レットウ=フォルベック将軍が停戦まで協商軍に対するゲリラ戦を続けた。

-1915年
--西部戦線は停滞したままだったが、戦闘は過酷の度を強めつつあった。4月22日には、第二次イープル会戦において塩素ガスが初めて実戦投入された。
--東部戦線では、ロシアはドイツにより押し戻されつつあったが、かろうじてガリツィア〔ウクライナ南西部一帯〕は保持していた。
--ブルガリアが中欧同盟に加わり参戦し、セルビアは協商側最初の敗戦国となった。
--イタリアが、オーストリア=ハンガリー帝国のイリュリア州〔アドリア海北東沿岸部〕を奪い取るべく、協商側に加わり参戦した。
--オスマン帝国を戦争の局外に叩きだそうとして、綿密さに欠ける計画の下で、協商軍はダーダネルス海峡の死命を制する要所であるガリポリ付近に上陸した。この作戦は悲惨な結果に終わり、協商軍はその年の暮れまで行動を起こせなくなった。イギリス軍のメソポタミア侵攻は失敗し、〔イラク中部の〕クートへと撤退した。凄惨なクート攻防戦はこれより始まることになる。
--ドイツ軍の潜水艦が《ルシタニア》号を撃沈する。合衆国からの厳しい反応が返ってきたことから、ドイツはイギリスを屈服に追い込むため実施が求められていた無制限潜水艦戦を行わないことにした。多くの者が、仮に無制限潜水艦戦を実施に移していた場合、合衆国の参戦につながっていただろうと考えている。


-1916年
--〔ドイツ軍は〕フランス軍の戦力枯渇を狙い、ヴェルダンの戦いを開始。実際には、すぐに作戦目的の達成に失敗し、この戦いで両軍とも同様に損耗してしまうことになる。イギリス軍がソンムで行った同様の作戦も、同じ結末となった。また、1916年はカンブレーの戦いにおいて初めて戦車が投入されることになった。
--東部戦線においては、〔ロシア軍による〕ブルシーロフ攻勢が発起される。当初は非常にうまくいったのだが、この攻勢ではオーストリア=ハンガリー軍を戦争から脱落させることにも、ドイツ軍をロシア領ポーランドから叩きだすことにも成功しなかった。
--クートのイギリス軍は降伏を余儀なくされ、イギリスの威信は大きな打撃を被ることになる。オスマン帝国軍は、優勢なロシア軍の攻撃により、カフカース及びアルメニアから押し出されていく。メッカ太守はトルコに対するアラブ人の全面的な暴動を開始する。
--第一次ユトランド海戦が行われ、ドイツの戦術的勝利に終わるが、戦略的にはイギリスが勝利し、ドイツの大洋艦隊は1918年終わりまで出撃できずにいることになる。
--ルーマニアはオーストリアの頓挫〔おそらくブルシーロフ攻勢による損害〕に乗じ、トランシルヴァニアへ侵攻する。ドイツによる〔オーストリアへの〕援助により、ルーマニアは間もなく敗北し、ブカレストは同年中にアウグスト・フォン・マッケンゼンにより占領される。〔ルーマニアの〕さらに南部にいた協商軍は、サロニカ周辺に布陣する。


-1917年
--ドイツ宰相フォン・ベートマン=ホルヴェークが辞任を余儀なくされ、ゲオルク・ミヒャエリスが後任となる。まもなく、ミヒャエリスはヒンデンブルクとルーデンドルフの傀儡以上の何物でもないことが明らかとなる。
--西部戦線では、〔協商軍によるニヴェル攻勢の一環として起きた〕シェマン・ド・ダームにおけるフランス軍の大損害により、フランス兵が命令不服従を繰り返すようになる。このため、フランス軍は年の終わりまで動けなくなり、ドイツ軍がブルシーロフ攻勢で受けた損害を回復する機会を与えることになる。
--同年初めにツァーリが亡命したことにより、ロシアは無政府状態に陥る。アレクサンドル・ケレンスキーによる臨時政権が樹立するが、同年11月〔ロシア暦10月〕、政府はレーニン率いるボルシェヴィキにより打倒され、ロシア内戦が始まる。
--イタリアでは、〔ドイツ軍の〕カポレット攻勢により、イタリア軍はヴェネツィアの最終防衛線とされるピアヴ川まで押し戻された。
オスマン帝国は打撃に次ぐ打撃を受け、バグダードやイェルサレム両都市をイギリス軍に奪われることになる。


-1918年
--1月初め、ドイツとボルシェヴィキとの間で、ブレスト=リトフスク講和条約が調印され、ドイツ・オーストリア軍の多数の戦力が〔東部戦線から〕解放される。ボルシェヴィキは、フィンランド、バルト海地方、ベラルーシ、ウクライナなどをドイツに割譲する。
--協商軍による春季大攻勢。これは〔東部戦線からの〕増援が到着する前にドイツ軍を破ることを企図したものだが、莫大な人命をその代償とすることになる。
--ギリシアを戦線から叩きだすことを企図し、トイトブルク作戦開始。サロニカ要塞への強襲を避け、中央同盟軍は代わりに特に訓練された突撃歩兵を大々的に投入し、いわゆる浸透戦術を実施した。サロニカの防御戦力が釘付けとなっている間に、残る中央同盟軍はギリシアを席巻した。アテネは7月3日に陥落し、このためギリシア政府は降伏する。サロニカの部隊も間もなく解散した。
--アレンビー将軍が、オスマン軍の大戦力を殲滅、ダマスカスを占領する〔メギッド作戦〕などして、大戦中に連合軍が得た最後の大勝を挙げる。ぎりぎりになってから小アジアのドイツ軍2個師団が到着したことで、アナトリアへの侵攻は防がれる。
--ドイツのUボートに対する連合軍の戦術が成功を収め、逆にドイツの方が封鎖に追い込まれてきたことから、〔第一次ユトラント海戦当時の司令官だったラインハルト・シェーアと交替した〕ヒッパー提督率いる大洋艦隊は、窮余の勝利を求めて出撃した。第二次ユトランド海戦は互角のまま終わったが、強襲を受けたことによりロイヤルネイヴィは封鎖を解除する。封鎖解除とウクライナの潤沢な小麦が手に入ったことから、ドイツは食糧不足から降伏に追い込まれるという恐怖から完全に解き放たれることになった。


-1919年
--3月2日、ドイツ軍はヴェルダン南方のサン・ミシェルにおいて大攻勢を開始。浸透戦術の優秀性を証明し、ナンシーは16日に陥落。フランス軍は側面を曝したまま、戦力をかき集めて防御にあたった。26日に行われた〔マルヌ県〕ランスへの攻撃で、協商軍は分断された。〔パリとマルヌとの間に位置する〕シャトー=ティエリに対する攻撃により、フランス軍はマルヌへの撤退を行えなくなった。この結果、フランス軍全軍は南方への撤退を余儀なくされ、パリは攻囲されることになった。
--3月11日、〔ヴェネツィア北東前面の〕ピアヴ川からではなく、〔ヴェネツィア北西に位置する〕トレントからイタリア軍を攻撃するラドヴィッツ作戦が開始される。ヴィチェンツァとヴェローナは24日に陥落し、4月10日にヴェネツィアにまで到達した時には、イタリア軍は中央同盟軍の〔独墺〕両軍により挟撃される形で釘付けとなっていた。ヴェネツィア攻囲戦は、最終的に7月まで続いたが、これによりイタリア軍のほとんどが降伏したため、イタリアの残る地域は無防備のまま残されることになり、8月1日にローマも陥落した。その数日後、イタリアは降伏した。イタリアの降伏は、フランス南部への道が開けたことを意味している。マルセイユが陥落したのは、9月のことだった。
--協商軍の敗勢により、〔中東方面で活躍していた〕アレンビーとその軍のほとんどが、フランスへ展開させられることになった。アレンビーの後任となるウィリアム・マーシャルは、戦力の欠乏により、ゆっくりと後退していくことを余儀なくされた。
--フランス軍の撤退により、BEF〔イギリス派遣軍〕の配置位置が無防備となった。6月には、イギリス軍の大半はディエップから撤退していった。これにより、フランス軍は打ちのめされ、戦争に疲弊して勝利の希望がほとんどなくなってしまい、革命が始まることになった。労働者階級の間で、いまにも全面的な2度目の革命が起きそうであり、パリの陥落は確実で、マルセイユはドイツの手に落ちているという現状を鑑み、10月4日、フランス政府は降伏してヨーロッパにおける戦争は終わった。


-1920年
--フランス、ロシア、イタリア、バルカンの協商側参戦国などが敗北したことにより、協商国はイギリス帝国、日本、ポルトガルのみにまで減ってしまった。これらの国々は、どの国も直接的にはドイツの脅威に晒されてはいないが、ドイツの脅威を喰い止めることも、また同様に不可能だった。海上でのドイツとイギリスとの戦いは、二年以上に及んでいた。1920年3月20日に行われたロッコール島海戦は、大戦中最後となる大規模戦闘であり、航空機搭載艦アーガスから発艦した航空機の魚雷により、ドイツ巡戦ヴュルテンベルクを航行不能にさせたことでよく知られている。
--かつて協商に所属してた国々に対する和平は、どれも厳しい条件だった。
--セルビアは、マケドニアをブルガリアに譲渡し、オーストリア=ハンガリーを形式的な宗主国として認めさせられた。モンテネグロは、問答無用でオーストリアに併合された。
--ギリシアは、ギリシア領マケドニアおよびサロニカをブルガリアに割譲し、クレタについては無期限のドイツの租借を認めることとされた。
--ルーマニアは、オルテニアをハンガリーに、コンスタンツァ港をブルガリアに割譲した。プロエスティ油田はドイツに租借された。だが、ルーマニアはモルドヴァを併合することが認められた。
--イタリアはいくつもの弱小な共和国・公爵領・公領に分割され、トスカーナ・教皇領・シチリア王国などがヨーロッパの地図に復活することになった。シチリア王国はその後まもなく革命に見舞われ、北の諸邦は教皇を象徴かつ精神的指導者として結束し、イタリア連邦を構成した。ヴェネトは問答無用でオーストリアに併合された。リビアはオスマンの保護下に王国となり、ドイツの最後の同盟国となったエチオピアは、ソマリアの大半を併合することが許された。これは主にドイツもオーストリアもその地域に何の関心も示さなかったためである。
--フランスは、フランス領コンゴ、マダガスカル、フランス領太平洋植民地などを割譲させられ、加えてフランス領ロレーヌ地方も占領された。革命により条約の批准は回避され、ドイツはこのために単にこうした植民地を占領したのみとなった。
--ベルギーはフランドル=ワロン王国となり、カイザーの息子アーダベルトが新王となった。ベルギー領コンゴはドイツへ割譲され、ベルギーの産業の大半が集まるミューズ側東岸のワロニアは、無期限でドイツの支配下に置かれることとなった。ルクセンブルク大公国は、ドイツ帝国の一部を構成することとなった。
--東方では、ブレスト=リトフスク条約の結果、新たにいくつかの傀儡国家が誕生した。バルト地方ではバルト連合公国が生まれ、アドルフ・フリードリヒ・フォン・メクレンブルクが初代大公となった。カイザーの弟ハインリヒは、白ロシア(ベラルーシ)のゲンリフ1世となった。ポーランドとフィンランドは、独立してドイツの保護下に置かれ、カイザーの義弟フリードリヒ=カール・フォン・ヘッセンがフィンランド王となった。リトアニアは独立し、ウラッハ公ヴィルヘルムがミンダウカス王となった。オーストリアのヴィルヘルム・フランツ大公がウクライナの王位に就くこととなり、ウクライナの豊富な石炭や小麦の供給保証を受けることとなった。


-1921年
--1920年から1921年にかけて、協商と中央同盟との戦いは膠着状態にあった。ロイヤルネイヴィと大海艦隊は散発的に角を突き合わせる状態で、〔中東方面の〕中央同盟軍は、スエズ運河のイギリス軍の防衛線を破ろうと試みていた。双方とも手詰まりを打開する機会を見いだせず、ロシア、フランス、南イタリアは革命の真っただ中だった。ルーデンドルフ将軍は、「名誉ある平和」を協商に提案した。協商の残るメンバーは、ドイツと協商国との間で講和条約を結ぶことを承認し、ドイツの植民地を返還することと引き換えに、現状維持の和平を取り結ぶこととなった。講和条約への調印は1921年11月11日のことであり、7年間続いた世界大戦は終結した。




§戦後の出来事

-1919年
--フランス軍がドイツの大攻勢に大敗し、二度目の叛乱が起きたことに呼応して、アナルコ=サンディカリストのエミール・プジェ率いるフランス労働総同盟(CGT)が、ゼネストを宣言。その主な狙いは戦争の速やかな終結だった。パリ陥落後、ジョルジュ・クレマンソー政権はアリスティード・ブリアン率いる暫定内閣と交替した。
--ロシアの同志と革命の前衛に関するレーニンの理論に触発されたジャコバン急進派が、官庁や公共施設に対する一連の攻撃を開始し、CGTと暫定政権が同意に達する機会を断ち切った。政府は秩序を回復するために動員解除された兵士たちを投入しようとしたが、多数の兵が革命に加わる結果となった。エミール・プジェは、フランス共和国をフランス・コミューンへと生まれ変わらせるという困難な仕事に取り組み始める。
--フランスの体制側で残存していた者たちがアルジェリアに亡命し、フォッシュ元帥を長とする亡命政権を樹立する。
--オムスクでの会議において、白軍派の将軍たちがケレンスキーの暫定政権と協力し、赤軍と戦うことに同意する。トロツキーはモスクワ防衛に労力を集中させることを決意し、白軍がサンクトペテルブルグを奪回することを許す。
--ウンゲルン・フォン・シュテルンベルク男爵の率いる「荒武者師団」が、モンゴルの首都ウルガを占領し、シュテルンベルクは自らをモンゴルの大ハーンであると宣言した。


-1920年
--サンディカリスム国家やウクライナ東部の〔アナキスト革命家〕ネストル・マフノ率いる黒軍などに包囲されるという脅威から、ドイツはロシア内戦に介入することになった。ヴィルヘルム・グレーナー将軍が、白軍の将軍たちの戦いを支援するよう命を受ける。グレーナーは、どうにかマフノをウクライナから追い出したが、コサックをケレンスキー政権を支持させるべく結集することには失敗した。まもなくコサックは、グルジア、アルメニア、アゼルバイジャン、アラシュ・オルダ、トルキスタンといった彼ら自身の国を樹立し、ロシアから離脱した。その後すぐにグルジアは、いわゆるカフカースのメンシェヴィキの遺産により奪取された。
--共和党候補レオナルド・ウッドが、民主党のウィリアム・マカドゥーを破り、ウッドロウ・ウィルソン大統領の後任となる。ウィルソンは健康悪化のため、第二期を務めることが出来なくなっていた。
--ウッドは、強固な孤立主義政策と同様、〔社会主義者の〕ユージン・V・デブスを投獄するなど、社会主義およびサンディカリスム打倒についての強い姿勢が知られるようになった。だが、〔エミリアーノ・サパタ率いるメキシコ革命運動の〕サパティスタがメキシコの支配を獲得することを防ぐことはできなかった。


-1921年
--2月21日、ツァーリツィンにおいて数週間に及ぶ過酷な市街戦の末に、デニーキン元帥とグレーナーの派遣軍との連合軍が、トロツキーとトハチェフスキーの率いる部隊を敗北させた。モスクワへの道が開けたことで、ヴラーンゲリ男爵は9月に同市を陥落させた。トロツキーは混乱に紛れて国外に亡命したが、ついに内戦は終結したのである。


-1922年
--1916年のイースター蜂起、五年にわたり続いた戦争、そして講和条約が取り結ばれた結果、イギリスとアイルランドで起きた叛乱は、1922年1月1日のアイルランド自由国建国に至ることとなった。ドイツ大使フランツ・フォン・パーペンによる交渉により、〔アイルランド独立運動の指導者〕マイケル・コリンズは〔ヴィルヘルム2世の六男〕ヨアヒム皇子にアイルランド王の継承を提案すべきだと考えた。だが、ドイツは返事を引き延ばし、皇子がアイルランドに発つのを嫌がったため、10月にアイルランドは共和国としての独立を宣言した。コリンズ元帥が、アイルランドの元首となった。こうした経緯は、ルーデンドルフ=ヒンデンブルク軍事体制を大いに困惑させたが、速やかにもみ消された。
--アフリカ南部におけるドイツの拡張政策の可能性に対して懸念していたローデシア南部が南アフリカに加わった。


-1923年
--ヨアヒム皇子、アイルランド王としての短すぎる在位と不本意な結婚に絶望し、自殺を図る。このスキャンダルは素早く揉み消されようとしたが、憶測を呼ぶことになった。


-1924年
--ウッド大統領、民主党のアルバート・スミス候補を下して再選を果たす。
--コルチャーク提督、ロシア政府に対するクーデタを図るが、決定的な重要性を持っていたデニーキンとヴラーンゲリの支持取り付けに失敗する。彼はすぐにウラジオストクへ亡命し、そこで日本は彼をトランスアムールの大統領に仕立て上げた。
--ドイツ人民党の支持者アルフレート・フーゲンベルクに支配された新聞が、ヨハヒム皇子の自殺未遂事件の裏を暴き立て、またアイルランド危機に際する不手際について、ルーデンドルフを批判した。当時の人民党党首だったアルフレート・フォン・ティルピッツ大提督〔海軍元帥〕は、事実上の独裁者だったエーリヒ・ルーデンドルフを失脚させることについて、カイザーの支持を取り付けることに成功する。その後ティルピッツは、〔ルーデンドルフの傀儡同様の存在だった〕無能なミヒャエリスを更迭する。老齢で尊敬されていたヒンデンブルク元帥は、ティルピッツ、ヒンデンブルク、カイザーらの間で行われたらしいある種の取引の結果、ティルピッツ内閣でも戦争相とされた。


-1925年
--ウェールズで起きた炭鉱夫のストは、政府が軍を送ると脅したことで、すぐにゼネストへと拡大した。ほどなくしてストは叛乱を起こした海軍の一部勢力の支持を受け、国王と政府はカナダへ亡命するという結果となった。サンディカリスト、労働者、ウェールズおよびスコットランドの民族主義者、参政権拡張論者らによる連立政権が、カリスマを集めていたジョン・マクレーンのもと成立した。
--イギリスの凋落は、長年の敵国多数による大々的な勢力奪取を来たらしめることとなった。ジブラルタルはついにスペインの手に再び戻ることになり、アルゼンチンはすぐさまフォークランドを獲り、エジプトはスーダンに対する単独支配権を得、オスマン帝国はキプロスの支配権を取り戻した。ドイツ帝国は、マルタ、スエズ、アデン、セイロン、海峡植民地〔マレー半島南部〕、ブルネイ、サラワクといった戦略拠点や重要植民地などと同様に、イギリス領アフリカの大半を獲得することに成功した。
--オーストラリアとニュージーランドは、イギリス領ニューギニアとフィジーを獲得した。数年後、両国は相互防衛のためオーストララシア連邦を形成することになる。
--かつてイギリス王冠の真珠と呼ばれたインドは、三つの新国家へと分裂してしまった。カシミールの諸侯とパンジャブは、ラージ〔イギリス領インド帝国〕の残りと統合し、親英のデリーを立てた。一方、ベンガルで起きた叛乱のため、同地ではサンディカリスム国家が樹立されることとなった。南部の諸侯たちは独自の道を歩み、諸侯連邦として独立した。ビルマは、再び独立王国となった。
--南アフリカは、ベチュアナ保護領とニヤサランドを苦労の末に獲得した。親協商のヤンスマッツと親共和国〔イギリス連合?〕のジェームズ・ヘルツォークとの間で緊張が高まる。
--カナダおよびイギリス海軍カリブ艦隊は、唯一残されたカリブ地域の植民地を確保しようとした。この植民地は、この地域のかつてのフランス植民地と合同して、カリブ連邦を形成することになる。
--カナダ上院は、カナダに亡命してきたイギリス貴族を成員とする貴族院に取って代わられた。
--徐世昌、かろうじて分裂した中華民国の大総統となる。秩序回復への努力として、徐世昌はドイツ帝国に中国の秩序回復への協力を求める。その代わりに、彼は溥儀が清朝の皇位復辟を承認する。国民党軍は、孫文の立てた中華民国の理念を裏切ったことを非難し、徐世昌に対して宣戦を布告する。
--アフリカにおける広大な帝国植民地を支配するため、ドイツは英領インドをモデルに、中部アフリカ自由国を創設する。〔大戦時アフリカで活躍した〕フォン・レットウ=フォルベック元帥が、その初代総督となる。


-1926年
--ドイツ領インドシナ総督ハンス・フォン・ゼークト、徐世昌支援のため、内戦に介入するよう命を受ける。6か月の間、ドイツは国民党軍を敗北させ、産業と人口の集中する地域の大半を確保するべく奮闘した。反政府勢力は遠く西方へ、あるいは雲南や満州へと撤退していった。溥儀は皇帝に復位するが、AoG(東亜総合商社)として知られるドイツ企業のコングロマリットが、中国南部産業に対して経済支配することを受け入れなければならなかった。ハンス・フォン・ゼークトは、その初代総督となる。他の列強の経済権益を保護するため、中国の全ての港湾都市が条約都市として連合し、その統一支配下に入った。
--日本もまた張作霖に対する支援を通して干渉を行ったが、ドイツと衝突する危険は望んでいなかった。奉天共和国を満州に建国する。


-1927年
ウッド大統領、悪性脳腫瘍のため死去。副大統領のアーヴァイン・レンルートが次期大統領となる。
--オーストリアとハンガリーとの間で行われたアウスグライヒ〔帝国内の地位を定める協議〕は、危うく二重帝国を崩壊させかねないところにまで至った。ドイツの介入により、かろうじて分裂を防いだ。最終的な結論は、帝国からボヘミア、ガリツィア=ロドメリア、クロアチア、ボスニアなどに対して限定的な自治権を与え、連邦化するというものだった。混乱の中、セルビアは何とかオーストリアの勢力圏から離脱することに成功する。
--オーストリアの勢力圏の一部だったウクライナは、ドイツが行った仲裁の「見返り」として、ドイツの同盟国となった。


-1928年
--共和党のハーバート・フーヴァー、ニューヨーク州知事アル・スミスを破る。
--中米の暴動が、エルサルヴァドルに拡大。グアテマラとエルサルヴァドルは、合併して中央アメリカを形成する。


-1929年
--協商国に巨額の債務を返済する能力がなかったこととドイツの保護主義のため、何年もの間アメリカの経済は傷つけられてきた。そして1929年、ニューヨーク株式市場はとうとう崩壊し、アメリカに大恐慌をもたらすことになった。ヨーロッパ経済は、この時にはベルリン株式市場に委ねられていたため、経済危機はアメリカ大陸に止まっていた。
--鉄衛団、ルーマニア政府に対してクーデタを起こし、〔鉄衛団の指導者〕コルネリウ・コドレアヌを国家指導者に据えた。


-1930年
--〔宰相を務めていた〕アルフレート・フォン・ティルピッツ海軍元帥が、3月6日に死去。後任には、大戦時にパリ包囲を完成させた人物であるオスカー・フォン・フーチェル元帥が就いた。ティルピッツは、オットー・フォン・ビスマルク以来、ドイツで最も成功をおさめ、人気ある宰相だった。


-1931年
--中央アメリカからの脅威の高まりに対抗し、ニカラグアとコスタリカが合併して、中央アメリカ地域連合を結成した。


-1932年
--ハーバート・フーヴァー、フランクリン・D・ルーズヴェルトに僅差で勝利する。これは主に、かつてソリッド・サウス〔「結束した南部」とも呼ばれる反中央政府主義と人種差別主義の傾向を強く持つ南部の保守派層のこと〕が、人気の高いルイジアナ州知事ヒューイ・ロングとアメリカ優先運動から推されたジェラルド・K・スミスに投票したためである。アレクサンダー・バークマンとジョン・“ジャック”・リード率いるサンディカリスト勢力は、ニューヨーク州で勝利をもぎ取った。
--南アフリカでは、ジェームズ・ヘルツォークが選挙戦に勝利し、南アフリカが〔英連邦から独立した〕共和国であると宣言した。南アフリカは協商を離脱する。


-1933年
--フォン・フーチェル宰相死去。後任はフランツ・フォン・パーペン。
--パラグアイとボリビアとの間で起きた一連の国境紛争が、パラグアイ併合を主張するボリビアを巡って、アルゼンチンとボリビアとの戦争に発展する。


-1934年
--アルゼンチンはボリビアを係争中のグランチャコ地方から、どうにか叩きだした。ブラジルはボリビアの側について介入することを決め、大南アメリカ戦争へと拡大した。小国ウルグアイは、その通路にあったということから不運にも瞬く間にブラジル軍に蹂躙された。ラプラタ川に向けた進軍は、塹壕戦に帰結することになった。


-1935年
--ボリビアを敗北させ〔転進してきた〕、気鋭のアルゼンチン軍部隊が、ラプラタ川沿いのブラジル軍戦線へ反撃を行う。疲弊したブラジル軍は敗れ、ブラジルはすぐに講和を模索する。パラグアイとウルグアイはアルゼンチンに組み込まれ、新たにラプラタ連邦が形成される。
--4月12日、フランクリン・D・ルーズヴェルトが急進的なアメリカ優先運動活動家により暗殺される。
#endregion

**スタートアップ格言集(DH版のみ) [#t2e3067a]
DH版Kaiserreichでローディング画面でプログレスバーの代わりに表示されるスタートアップ格言をまとめた格言集です。
DHバニラとは異なった戦争に関する古今東西の格言がランダムに表示されます。また自分で好きな言葉を追加することも出来ます。
なお、DDA版Kaiserreichにはありません。

#region(スタートアップ格言集)
DH版のみ。DDA版にはない。
|CENTER:|CENTER:|c
|~人物名(五十音順)|~戦争に関する格言|
|A・フィリップ・ランドルフ&br;(1889-1979)|A community is democratic only when the humblest and weakest person can enjoy the highest civil, economic, and social rights that the biggest and most powerful possess.|
|アレクサンドル・ケレンスキー&br;(1881-1970)|The Russian people are suffering from economic fatigue and from disillusionment with the Allies! The world thinks the Russian Revolution is at an end. Do not be mistaken. The Russian Revolution is just beginning.|
|~|To prevent a catastrophe the Tsar himself must be removed, by force if there is no other way.|
|~|The policy of the Bolsheviks is demagogic and criminal, in their exploitation of the popular discontent.|
|アントニオ・グラムシ&br;(1891-1937)|The old world is dying away, and the new world struggles to come forth: now is the time of monsters.|
|イオアニス・メタクサス&br;(1871-1941)|Heroes never die; instead they fall, and the soil, by drinking their blood borns them again...|
|ウィリアム・Z・フォスター&br;(1881-1961)|At heart and in their daily action the trade unions are revolutionary. Their unchangeable policy is to withhold from the exploiters all they have the power to.That is the true meaning of the trade union movement.|
|~|The party must be ready to put into its program the definite statement that mass action culminates in open insurrection and armed conflict with the capitalist state.|
|ウィリアム・アールト&br;(1915-1958)|A soldier who is politically conscious that he is right and who has a feeling of community with his society... will do his job well.|
|ウィリアム・ライアン・マッケンジー・キング&br;(1874-1950)|Conscription if necessary, but not necessarily conscription.|
|ヴィルヘルム2世&br;(1859-1941)|Despite the fact that we have no such fleet as we should have, we conquered for ourselves a place in the sun. It will be my task to see that this place in the sun shall remain our undisputed possession|
|ウッドロウ・ウィルソン&br;(1856-1924)|The United States must be neutral in fact as well as in name...We must be impartial in thought as well as in action.|
|ウラジーミル・レーニン&br;(1870-1924)|People always have been the foolish victims of deception and self-deception in politics, and they always will be, until they have learned to seek out the interests of some class or other behind all moral, religious, political and social phrases, declarations and promises.|
|エリザベス・ガーリー・フリン&br;(1890-1964)|History has a long-range perspective. It ultimately passes stern judgment on tyrants and vindicates those who fought, suffered, were imprisoned, and died for human freedom, against political oppression and economic slavery.|
|エリック・ブレア&br;(1903−1950)|Looking at the world as a whole, the drift for many decades has been not towards anarchy but towards the reimposition of slavery|
|オズワルド・モズレー&br;(1896-1980)|Together in Britain we have lit a flame that the ages shall not extinguish.|
|~|I am not, and never have been, a man of the right. My position was on the left and is now in the centre of politics.|
|キリル・ウラジーミロヴィチ大公&br;(1876-1938)|Exceptional circumstances require exceptional measures. That's why imprisonment of Nicholas and his wife are justified by events ...|
|ジャック・リード&br;(1887-1920)|We, who are Socialists, must hope that out of this horror of bloodshed and dire destruction will come far-reaching social changes and a long step forward towards our goal of Peace among Men.|
|シャルル・ド・ゴール&br;(1890-1970)|France has no friends, only interests.|
|~|Yes, it is Europe, from the Atlantic to the Urals, it is Europe, it is the whole of Europe, that will decide the fate of the world. |
|ジョージ・パットン&br;(1885-1945)|No bastard ever won a war by dying for his country. He won it by making the other poor dumb bastard die for his country.|
|ジョージ5世&br;(1865-1936)&br;ヴィルヘルム2世について|I look upon him as the greatest criminal known for having plunged the world into war.|
|ジョージ5世&br;(1865-1936)&br;皇太子エドワードについて|After I am dead, the boy will ruin himself in twelve months.|
|セバスチャン・フォーレ&br;(1858-1942)|Ah, goddamit, it's time to put an end to this, We've moaned and suffered long enough, No half-way war, No more cowardly pity, Death to the bourgeoisie!|
|ダグラス・マッカーサー&br;(1880-1964)|Talk of imminent threat to our national security through the application of external force is pure nonsense.|
|チャールズ・E・カフリン神父&br;(1891-1979)|Less care for internationalism and more concern for national prosperity|
|ニキータ・フルシチョフ&br;(1894-1971)|If you live among dogs, keep a stick. After all, this is what a hound has teeth for - to bit when he feels like it!|
|ニコライ・ブハーリン&br;(1888-1938)|We see now that infringement of freedom is necessary with regard to the opponents of the revolution. At a time of revolution we cannot allow freedom  for the enemies of the people and of the revolution. That is a surely clear, irrefutable conclusion.|
|ノーマン・トーマス&br;(1884-1968)|It would appear that we select presidents as we select jurors, on the ground that they have no opinions that can be discovered.|
|ハインツ・グデーリアン&br;(1888-1954)|It is sometimes tougher to fight my superiors than the French.|
|パルミーロ・トリアッティ&br;(1893-1964)|Our aim is the creation in our country of a society of free and equal man, where no man will ever exploit another man.|
|ピウス11世&br;(1857-1939)|Pax Christi in regno Christi' (the peace of Christ in the reign of Christ)|
|ヒューイ・ロング&br;(1893-1935)|My Share Our Wealth program is the only defense this country's got against Syndicalism.|
|ピョートル・ヴラーンゲリ&br;(1878-1928)|One nation, One Empire, One Vozhd !|
|ビリー・ヒューズ&br;(1862-1952)|Without the Empire we should be tossed like a cork in the cross current of world politics. It is at once our sword and our shield.|
|フィリップ・スノードン&br;(1864-1937)|I would like to see the word nationalization banned from the socialist vocabulary.|
|フランツ・ヨーゼフ1世&br;(1830-1916)&br;セオドア・ルーズベルトに宛てて|I am the last monarch of the old school. It's my job to protect my peoples from their politicians!|
|ベルンハルト・フォン・ビューロー&br;(1849-1929)|In one word: we do not want to place anyone into the shadow, but we also claim our place in the sun.|
|マハトマ・ガンジー&br;(1869-1948)|The ideally non-violent state will be an ordered anarchy. That State is the best governed which is governed the least.|
|ルイーズ・ブライアント&br;(1885-1936)|Does one have to be God-fearing and Christian to be decent?|
|ロマン・ウンゲルン男爵&br;(1886-1921)|My name is surrounded with such hate and fear that no one can judge what is the truth and what is false, what is history and what is myth.|
|梁啓超&br;(1873-1929)|Freedom means Freedom for the Group, not Freedom for the Individual. Men must not be slaves to other men, but they must be slaves to their group. For, if they are not slaves to their own group, they will assuredly become slaves to some other.|
#endregion
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*こんな方にお奨め [#jc425e06]
-ドイツとフランスの対立に終止符を打ちたい方
-熱狂的なヴィルヘルム2世ファン
-永遠の理想ドナウ連邦の行く末を見たい方
-三度の飯より反共主義者
-アフリカ大陸で夢を見たい方
-病的要塞マニア
-航空機無用論者
-戦争の花形は歩兵だろjk
-ライミーに半万年の恨みを晴らしたい方
-別大陸から捲土重来を果たしたい方
-滅茶苦茶な国家をまとめたい方
-滅茶苦茶に国家を分割したい方
-大東亜共栄圏をシベリアやハワイに広めたい方
-戦争に負けた国に賠償金を支払って欲しい方
-不満度・内戦スキー

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*このmodが使われているAAR [#v3fecf31]
**本家AAR [#s44dfd1c]
[[hoi2hoiaar:AAR一覧#ybdad292]]

//**AAR置き場別館 [#u910f534]
//***Kaiserreich 愛あん
//-%%[[愛あん 独逸脅迫!日本帝国の逆襲>http://starlit.daynight.jp/hoiaar/?%B0%A6%A4%A2%A4%F3%20%C6%C8%B0%EF%B6%BC%C7%F7%A1%AA%C6%FC%CB%DC%C4%EB%B9%F1%A4%CE%B5%D5%BD%B1]]%%

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*コメント欄 [#pcfc6c1d]
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